ZAMAA JULY 2026

「地味で無能だから聖女をクビ?」と言い放った婚約者の浮気公爵、どうぞ色気だけの愛妾と心中してください。私が結界を解いた瞬間、領地が魔獣の餌場に変わることも知らずに


「地味で無能な君との婚約を破棄する。これからは、真の聖女であるエレナが私の隣に立つ」

 豪奢な夜会。  きらびやかなシャンデリアの下で、私の婚約者であるギルバート公爵は、傲慢な笑みを浮かべて言い放った。

 彼の腕には、胸元を大きく開けた派手なドレスを着た美女、エレナがぴったりと寄り添っている。

「ギルバート様……。それは、本気ですか?」

 私が静かに問い返すと、周囲の貴族たちからクスクスと品性のないあざ笑いが漏れた。

「往苦しいぞ、アリア! 君は毎日部屋に引きこもり、地味な魔力調整ばかり。何の成果も上げていないじゃないか!」

「そうよぉ、アリア様。ギルバート様の婚約者でありながら、そんな暗い顔をして。聖女の仕事なんて、私のように華やかに奇跡を見せてこそですわ」

 エレナが勝ち誇ったように胸を張り、私を見下してくる。

 私は、この領地を建国以来守り続けている「結界の聖女」だ。

 毎日、一睡もせずに領地の四方に張られた古代結界に魔力を注ぎ、魔獣の侵入を防いできた。

 地味? 成果がない?

 当然だ。

 結界が正常に機能しているということは、「何も起きない」ということなのだから。

「君のような無能な女に、公爵家の予算を割くのは無駄だ。今すぐこの領地から出て行け!」

「わかりました。そこまでおっしゃるなら、私は喜んでこの婚約破棄を受け入れます」

 私のあまりにもあっさりとした返答に、ギルバートは一瞬、拍子抜けしたような顔をした。

 しかし、すぐにまた鼻で笑った。

「ふん、プライドだけは高いな。エレナ、お前に『聖女の指輪』を授ける。アリアの部屋にある結界の制御魔導具は、お前が引き継ぐんだ」

「はい、ギルバート様! 私、頑張っちゃいます!」

 エレナが嬉しそうに、私がはめていたはずの、公爵家に伝わる聖女の指輪を指にはめる。

 その指輪には、私が十年間、毎日欠かさず貯蓄してきた「結界維持用の純粋魔力」が封印されている。

 彼女たちは知らないのだ。

 その指輪の貯蓄魔力が尽きた時、何が起こるかを。

「では、私はこれで失礼いたします。ギルバート様、エレナ様。どうぞ、お幸せに」

 私は完璧な一礼をして、夜会会場を後にした。

 背後で「これで我が領地も安泰だな!」「あの地味女がいなくなって清々した!」というギルバートたちの声が聞こえる。

 私は自室に戻り、最低限の荷物だけをトランクに詰めた。

 そして、部屋の中央にある結界のコアに向き合う。

 私は手をかざし、私自身の固有魔力パスを――完全に遮断した。

「さようなら、愚かな人たち」

 夜闇に紛れ、私は公爵邸を去った。

 私が張っていた、この領地を守る「見えない盾」が、今この瞬間から、急速にひび割れ始めていることも知らずに、彼らはまだ祝杯をあげているのだろう。


 アリアが領地を去ってから、わずか二十四時間後。

 公爵邸の執務室には、ギルバートの怒号が響き渡っていた。

「どういうことだ、エレナ! 領地崩壊の警報が鳴り止まないぞ!」

 机の上の魔導インジケーターは、真っ赤な警告灯を激しく明滅させている。

 領地を囲む大結界の出力が、危険水域まで急降下していた。

「そ、そんなことを言われても分かりませんわ! 私はちゃんと、あの地味女の部屋にあった魔導具に魔力を流していますもの!」

 ドレスを振り乱したエレナが、必死に言い訳をする。

 その顔からは、昨夜の余裕に満ちた笑みは完全に消え失せていた。

「嘘をつくな! 現に結界が消えかかっている! お前の『華やかな奇跡』とやらはどうした!?」

「そんな……! 私の光魔法は、怪我を治したり、光の粒を飛ばしたりする派手な魔法なんです! こんな、暗い部屋で延々と魔力を吸い取られるだけの地味な作業、私の魔力じゃ全然足りませんわ!」

 エレナの絶叫に、ギルバートは血の気が引いていくのを感じた。

 アリアがやっていたのは、ただの「地味な引きこもり」ではない。

 膨大な魔力を、一分の狂いもなく、二十四時間体制で制御し続けるという、超高等技術だったのだ。

「ま、まずい……。アリアが置いていった指輪の魔力は!?」

「そ、それなら、さっき使い果たしちゃいました……。だって、少し魔力を込めないと、すぐ結界が薄くなるんですもの!」

 ギルバートは頭を抱えた。

 あの指輪には、アリアが十年間かけて貯めた魔力が詰まっていたはずだ。それを、この無能な女はたった一日で枯渇させた。

 その時、地響きと共に、執務室の扉が勢いよく撥ね開けられた。

 息を切らした騎士団長が、青ざめた顔で飛び込んでくる。

「ギルバート様! 報告します! 北方の防壁が突破されました! 飢えたS級魔獣『ベヒモス』の大群が、領内に侵入しています!」

「な、なんだと……!? 騎士団を出撃させろ! すぐに追い返せ!」

「無理です! 結界の加護を失った騎士たちは、魔獣の放つ瘴気でまともに動くことすらできません! 街はすでにパニックです!」

 窓の外を見れば、遥か彼方の空が不気味な紫色の瘴気に染まっていた。

 逃げ惑う領民たちの悲鳴が、風に乗って公爵邸まで届いてくる。

「バカな……。アリアがいなくなっただけで、我が公爵家が誇る領地が、これほど簡単に崩壊するはずが……!」

 ギルバートはガタガタと震えながら、ようやく理解した。

 自分たちがどれほど恐ろしい「宝」をドブに捨てたのかを。

「アリアだ……アリアを連れ戻せ! あいつを捕まえて、無理矢理にでも結界の前に座らせるんだ!!」

 ギルバートの狂ったような叫びが、崩壊へと向かう館に虚しく響いた。


 魔獣の蹂躙から三日。かつて栄華を誇った公爵領は、見る影もなく荒廃していた。

 ボロボロの服を纏い、泥と血にまみれたギルバートとエレナは、隣国の国境近くにある美しい街のカフェにいた。

 そのテラス席で、優雅に紅茶を嗜んでいる私を見つけるなり、ギルバートは床に膝をつき、必死に頭を擦り付けた。

「アリア! 頼む、戻ってくれ! 私が悪かった! 君のありがたみがようやく分かったんだ!」

 周囲の歩行者たちが、元公爵の哀れな姿を冷ややかな目で見ている。

 隣にいるエレナも、かつての高飛車な態度はどこへやら、ガタガタと震えながら涙を流していた。

「私をクビにしたのは、ギルバート様、あなたですよね?」

 私はカップを置き、冷徹な視線を彼らに向けた。

「そ、それはエレナに騙されていたんだ! 全てはこの女のせいだ! 婚約破棄は撤回する! だから今すぐ戻って結界を張ってくれ! 領地が、我が公爵家が破産してしまう!」

「あら、お断りします。私はもう、この国の人間ではありませんから」

 私が微笑むと、カフェの奥から一人の美しい青年が姿を現した。

 まばゆい金髪に、圧倒的な覇気をまとったその人は、この隣国――ガルディニア帝国の皇太子、ラインハルト殿下だった。

「私の大切な婚約者を、それ以上汚い言葉で呼び捨てにするな、元公爵」

 ラインハルト殿下が冷酷な声で言い放つと、ギルバートの顔が恐怖でさらに引きつった。

「こ、皇太子殿下……!? なぜアリアがあなたと……」

「アリアが我が国に亡命を申請したのだ。彼女の素晴らしい結界魔法と、日々の地道な努力を、我が帝国は最高の手厚さで迎える。すでに彼女は帝国の『終身筆頭聖女』だ」

 ラインハルト殿下は私の肩を優しく抱き寄せ、私に極上の笑みを向けてくれた。

「アリアを無能と罵り、その価値に気づけなかった愚か者よ。お前たちの領地は、結界義務を怠り周囲に魔獣の被害を広げた罪で、我が帝国および聖庁から巨額の賠償金を請求される。公爵家は取り潰し、爵位剥奪だ」

「な、なんだと……っ!?」

 ギルバートが絶望に目を見開く。

「そんな、嘘よ! 私は聖女なのよ!? 私が輝けば、みんな私を称えるはずよ!」

「うるさい、黙れ色ボケ女! お前のせいで、お前のせいで私は――っ!」

 醜く責任をなすりつけ合い、罵り合うギルバートとエレナ。

 そこへ、追っ手の帝国憲兵たちが駆けつけ、二人を容赦なく地面に組み伏せた。彼らはこれから、賠償金返済のために生涯、魔鉱石の採掘場で奴隷として働くことになる。

「行きましょう、アリア。君の新しい結界は、我が帝国を永遠に守るだろう」

「はい、ラインハルト様。私、今とっても幸せです」

 背後で絶叫する元婚約者たちの声をBGMに、私は愛する人と共に、光り輝く未来へと歩き出した。

― 完 ―
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